配偶者居住権が相続税の節税になるしくみと節税にならないケースを解説

配偶者居住権とは、夫や妻名義の住宅に住む配偶者が、夫や妻に先立たれた後、住み慣れたその住宅に住み続けるための権利です。

遺産分割における争いから配偶者の住まいを守る新しい選択肢として、2020年4月から施行されました。

本来なら争いのない円満な相続において、配偶者居住権の話は関係ありません。

しかし、円満な相続において配偶者居住権をあえて設定することによって、相続税の節税になる場合があります。

この記事では、配偶者居住権が相続税の節税になる基本的なしくみについてわかりやすく解説します。

配偶者居住権とは

通常、住宅の「居住権(=建物に住む権利)」は、建物の「所有権」と一体になっています。

配偶者居住権とは、配偶者のために「居住権」「所有権」から切り離し、「配偶者居住権(=被相続人の配偶者が建物に住む権利)」「所有権」に分けて相続できるようにしたものです。

所有権全体よりも、居住権のみのほうが財産価値は低くなります。

たとえば、住宅全体の価値が100配偶者居住権の価値が60であれば、所有権の価値は残りの40となります。

一つの財産である住宅を、60と40に分けることができるのです。

配偶者居住権の詳しい内容は、こちらの記事で解説しています。

配偶者居住権が相続税の節税になる理由

配偶者居住権の本来の趣旨からすると、円満に話し合いができる相続においては無関係な制度であるといえます。

しかし、そのような相続でも、配偶者居住権を設定できないというルールは特になく、あえて配偶者居住権を設定することによって、相続税を安くできるケースがあります。

理由1:配偶者居住権は死亡消滅で永久に課税されない

住宅の名義人が亡くなり、相続人が、被相続人(住宅の名義人)の配偶者と子1人であるとします。

この住宅をまずは①「被相続人(名義人)から配偶者」に相続させ、配偶者が亡くなったら②「配偶者から子」に相続させるとします。

この場合、住宅全体に対し、合計2回の相続税がかかることになります。

住宅の評価額が100であれば、①と②のそれぞれにおいて、毎回100が相続税の課税対象になっているのです。

実際の評価額は、相続のたびに地価変動や建物の劣化などの影響を受けて変わりますが、ここでは考慮しないものとします。

では、この住宅に配偶者居住権を設定し、「被相続人(名義人)から配偶者(居住権)と子(所有権)」のように、一回で相続すると、税金はどうなるでしょうか。

配偶者居住権を60、所有権を40とした場合、「被相続人(100)→配偶者(60)&子(40)」で財産が移転することになります。

注目すべきは、この後に配偶者が亡くなった場合、配偶者居住権の60は、配偶者の死亡とともに消滅することです。

つまり、配偶者が取得した配偶者居住権の60は、配偶者が亡くなって消滅することにより、永久に課税されません。

そして、所有権の40は既に子に移転しています。

100×2回だった課税回数を、配偶者居住権によって、100×1回に減らすことができるのです。

配偶者居住権が死亡消滅で課税されない理由

配偶者居住権が消滅すれば、「所有権」から分離させていた「住む権利が、再び所有者のところに戻ってきます。

建物は所有者において自由に使用できるようになるため、所有権の経済的な価値が上昇したと考えることができます。

そこで、配偶者居住権の消滅時に、所有者には何らかの課税関係が生じる可能性が考えられるのですが、国税庁は、下記の事由によって配偶者居住権が消滅したとしても、その利益について所有者に課税は行わないとしています。(相続税法基本通達9-13-2)

配偶者居住権の死亡

・配偶者居住権の設定期間の満了

・建物の全部滅失等による消滅

理由2:小規模宅地等の特例が使える

配偶者居住権を設定すると、その土地部分にあたる権利(敷地利用権といいます)には、「小規模宅地等の特例」を適用することができます。

「小規模宅地等の特例」とは、被相続人などの住宅の敷地として使用されている宅地等を、一定の要件を満たす相続人などが取得する場合、その宅地等の相続税評価額を、最大80%もカットできる特例です。

原則、330㎡部分までに適用することができます。

80%カットができる場合、評価額3,000万円の宅地なら課税対象は600万円に、評価額1億円の宅地なら2,000万円で相続税を計算できることになります。

相続税の負担が百万円単位で変わることもある、重要な特例です。

配偶者が取得した配偶者居住権(敷地利用権)には、無条件でこの小規模宅地等の特例を使うことができます。

例えば、住宅の評価額が100、配偶者居住権の評価額が60であり、このうち建物が20、土地が40であるとします。

土地の評価額を80%カットした場合、土地は40から8になりますので、配偶者居住権は60から28に下がります。

当初の計算では「被相続人(100)→配偶者(60)&子(40)」でしたが、特例適用後は「被相続人(100)→配偶者(28)&子(40)」になります。

なお、子が相続した40の所有権のうち土地にあたる部分についても、小規模宅地等の特例を適用して減額できる可能性があります。

しかしこの場合、子が特例を適用できるのは、①相続のときにその家で被相続人と同居していること、②相続税の申告期限まで住宅を所有し、居住を続けられることが条件です。

子が被相続人と別居している場合は、子が相続した所有権に小規模宅地等の特例は使えません。

別居の子が特例を適用できるのは「被相続人に配偶者や同居親族である相続人がいない場合」に限られるからです。

先ほど、配偶者居住権を設定することによって、住宅に対する課税回数が減らせるとしました。

それなら、住宅に配偶者居住権を設定せず、1回目に住宅をすべて子に相続させたとしても同じく1回の課税で済みます。

しかし、子に小規模宅地等の特例が使えない場合、「被相続人(100)→子(100)」になります。

それよりも、住宅100を、配偶者居住権60と有権40に分けて、「被相続人(100)→配偶者(28)&子(40)」のように、配偶者居住権を確実に減額したほうが節税になります。

ところで、子が同居していれば、前述の要件を満たすことによって小規模宅地等の特例を使うことができます。

その場合、配偶者居住権を設定して2人で80%減額しても、配偶者居住権を設定せずに子が1人で住宅を相続して80%減額することも、ここまでの話なら節税効果は同じです。

しかし、配偶者にはさらに「配偶者の税額軽減」という特例が適用されます。

理由3:配偶者の税額軽減が使える

「配偶者の税額軽減」とは、配偶者が取得した財産が法定相続分か1億6,000万円のどちらかを超えなければ、配偶者の納税する相続税額が0円になるという特例です。

その効果を知るには、相続税の計算のしくみを知る必要があります。

相続税の計算では、まず、被相続人の現金や不動産など各財産の評価額を計算し、それを合算します。

そこから基礎控除を差し引いた金額をもとに「相続税の総額」を計算します。

この「相続税の総額」を、財産の取得額に応じて各人が負担します。

例えば、法定相続人が配偶者と子1人であり、財産額が1億円の場合、相続税の総額は770万円です。

財産を配偶者と子で60:40に分ける場合、各人の負担税額は、配偶者が462万円、子が308万円になります。

そして、配偶者が取得した財産は6,000万円ですので、1億6,000万円>6,000万円となり、相続税の総額の770万円のうち、配偶者の462万円は、配偶者の税額軽減によって0円になるのです。

もし子が1人で全財産を取得すれば、子が相続税の総額の770万円を負担することになります。

配偶者居住権を設定し、配偶者に相続して税額を0円にしたほうが得をするのです。

2次相続における増税の心配もない

配偶者に1億6,000万円まで相続税がかからないことをフルに活用しようとすると、「最初からすべて配偶者に相続させて、確実に小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減で節税すればよいのでは」と考えるかも知れません。

しかしこれは、配偶者居住権の相続であるかどうかに関わらずNGです。

この場合、①「被相続人から配偶者」に全財産が、配偶者が亡くなったら②「配偶者から子」に使いきれなかった財産が移転します。

相続税の計算には、法定相続人の数が少ないほど税負担が上がるしくみがあります。

1回目の税額を0円にしても、法定相続人の減った2回目の相続税を合わせると、トータルで損をするのです。

例えば、1億円の財産すべてを配偶者が相続し、1回目の相続税770万円を0円にしたとします。

しかし、2回目の相続では子が1人で相続します。

この場合、たとえ財産が同額の1億円であっても、その相続税は1,220万円になってしまいます。

前置きが長くなりましたが、このような増税の現象も、配偶者が相続する財産が配偶者居住権であれば心配はありません。

配偶者居住権は、2回目の相続の際には消滅しています。

したがって、2回目の相続税を増やすことがないのです。

小規模宅地等の特例と併用する意味はある?

「どうせ0円になるなら、配偶者居住権(敷地利用権)に小規模宅地等の特例を適用することに意味はないのでは?」と思われるかもしれません。

しかし、小規模宅地等の特例と配偶者の税額軽減は減額のタイミングが違うため、双方の節税効果はそれぞれ生きています。

小規模宅地等の特例で減額されるのは「課税価格」といって、基礎控除を差し引く前の財産の評価額です。相続税の総額を計算する「前」の話であり、相続税の総額を引き下げる効果があるため、配偶者だけでなく全員の相続税を減額させる効果があります。

配偶者の税額軽減で減額されるのは、相続税の総額を計算した「後」に、配偶者に割り振られた配偶者のみの税額です。

配偶者居住権が節税にならないケース

別居の子を所有者とする場合に注意

被相続人と同居していない「別居の子」が、配偶者居住権を設定した住宅の所有権を取得する場合は、前述のとおり、所有権部分にあたる住宅の敷地に小規模宅地等の特例を適用することはできません。

別居の子が住宅の敷地に小規模宅地等の特例を適用できるのは、被相続人に、配偶者や同居親族である相続人がいない場合に限られるからです。

この場合、配偶者居住権を設定せずに配偶者が住宅の全部を相続して土地全体に小規模宅地等の特例を使い、2回目の相続で子に住宅の全部を相続させるほうが、節税になるケースがあります。

別居の子が小規模宅地等の特例を使うには

別居の子が、親の住宅の敷地に小規模宅地等の特例を使うための主な要件は下記のとおりです。

別居の子の主な条件】

・被相続人に、配偶者や同居親族である相続人がいないこと

過去3年内に自身や自身と関係の深い個人・法人の持ち家に住んでいないこと

・相続時に住んでいる住宅を、過去に所有したことがないこと

など

特に「被相続人に、配偶者や同居親族である相続人がいないこと」の条件があることによって、配偶者居住権を設定した住宅の所有権を取得する相続では、絶対に特例を使うことができません。

しかし、被相続人の配偶者が亡くなったときの相続、つまり2回目の相続であれば、この条件をクリアできる可能性があります。

1回目・2回目の相続でそれぞれ土地を80%減額できる可能性

配偶者居住権を設定する場合、住宅は「被相続人から配偶者と子」のように、通常1回の相続で子に渡ることになると考えられます。

この場合は、前述のとおり、配偶者居住権の土地部分(敷地利用権)の価額を、小規模宅地等の特例によって最大80%カットすることが可能です。

子と別居している場合、子が相続した所有権の部分について、80%の減額は適用されません。

では、配偶者居住権を設定せずに①「被相続人から配偶者」②「配偶者から子」の2回に分けて住宅全体を相続するとどうなるでしょうか。

1回目の相続では、配偶者で土地全体を80%カットできます。

そして、2回目の相続であれば、別居の子でも土地全体を80%カットできる可能性がでてきます。

2回目の相続税では負担額が大きくなりますが、相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)も各回で利用できます。

80%の減額効果の大きさや他の財産の状況によっては、節税効果が逆転する可能性があるのです。

別居の子に所有権を相続させて配偶者居住権を設定する際は、設定しない場合の税額ともいったん比較することが望ましいといえます。

まとめ

筆者
筆者

配偶者居住権の2022年における登記件数は892件でした。

これに対して、相続税の申告件数は、だいたい毎年12万件くらいです。

節税に使った人はまだ少ない制度だと思いますが、多くの相続で節税できる可能性がある制度だと思っています。