配偶者居住権とは
通常、建物を使う権利(この場合、住む権利)は建物の「所有権」と一体になっています。
配偶者居住権とは、この「所有権」から住む権利のみを切り離し、「居住権」と「所有権」に分けて別々の人が相続できるようにしたものです。
たとえば、住宅全体の価値が100で配偶者居住権の価値が40であれば、所有権の価値は残りの60の財産として、別々に相続することが可能となります。
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配偶者居住権の目的
配偶者居住権の目的は、高齢化社会への対応です。
厚労省によると、2021年の日本の平均寿命は、男性81.47歳、女性87.57歳とされています。
超高齢化社会である日本において、住宅の名義人である夫婦の一方が亡くなると、残された配偶者がかなり長い年数にわたって老後の生活を継続しなければなりません。
残された配偶者に、住まいや生活資金を残しやすい選択肢を増やすことが、配偶者居住権の目的になります。
きっかけは2013年の民法改正
配偶者居住権は、2020年4月から施行された新しい権利ですが、その審議がはじまったのは2015年になります。
何をきっかけに配偶者居住権の話が持ち上がったのか調べてみると、どうやら2013年の民法改正によって、非嫡出子(ひちゃくしゅつし)の相続分が嫡出子と等分になったことが関係しているようです。
非嫡出子とは、婚姻関係にない男女間の子どものことです。婚外子(こんがいし)とも呼ばれます。
かつての民法では、非嫡出子の相続分は、嫡出子(婚姻関係にある男女間の子)の2分の1と定めていました。
しかし、この法が、2013年9月に最高裁で違憲であるとされ、非嫡出子の相続分が嫡出子と平等に変わったのです。
婚外子の相続権が、従来の2倍に増えたとも表現できる改正となります。
これによって、相続人となる子どもは、①現配偶者との子・②前配偶者との子・③結婚していない相手との子の、3者すべてが平等になります。
もし、配偶者の遺産分割相手が自身の子のみであれば、住まいや生活資金を取り上げるような争いになることはあまり考えられません。
情だけの話ではなく、直系の子には扶養義務があることや、いずれ配偶者が死亡した際はその遺産を子として相続できる立場にあるなど、法的な理由もあります。
ところが、それ以外の子との遺産分割では、配慮する理由があまりないわけです。
このことで、残された配偶者の住まいに対し、子が自身の相続分を主張してくる相続がでてくるのではないかということが、配偶者居住権の制定に向けての、きっかけになったようです。
このことは、2015年10月の法制審議会議事録における、委員の発言からも読み取れます。
以下、その部分を引用します。
“そもそものこの審議会が開かれることになった経緯の最初は,非嫡出子の相続分が増えた場合の危惧,つまり嫡出子であれば自分たちの意思によって,自分の親である生存配偶者を老後,最期まで居住家屋にそのまま住ませる形で遺産分割するか,あるいは遺産分割を先送りするか,おそらくそういう形で進めるだろうけれども,非嫡出子は直ちに自分の持ち分を要求することになるだろうという問題でした。”
(引用)法務省HP: 法制審議会民法(相続関係)部会第6回会議議事録より
配偶者居住権を設定するための要件
配偶者の要件
配偶者居住権を設定できるのは、相続の時点において次の要件をすべて満たす人です。
・亡くなった人の法律上の配偶者であること
・亡くなった人が所有していた建物に、亡くなったときに居住していたこと
設定手続きに関する要件
配偶者居住権を設定するには、下記のいずれかの法的手続きが必要になります。
・遺産分割
・遺贈(遺言によって贈与すること)、死因贈与
また、設定後は登記をすることによって、第三者に対抗できることができます。
所有権を取得した者は、配偶者居住権の登記義務者になります。
存続期間に関する要件
配偶者居住権は、配偶者が亡くなるまで終身にわたって存続します。
ただし、相続人らとの話し合いや遺言書などによって期限を設定することも可能です。
費用負担に関する要件
配偶者の建物の使用は、無償です。
ただし、居住建物の通常の必要費(固定資産税や通常の修繕費など)は配偶者が負担します。
配偶者居住権のメリット
配偶者の住まいを遺産争族から守れる
配偶者居住権を設定することによって、遺産をめぐる相続争いから配偶者の老後の住まいを守ることができます。
例えば、残された妻と子1人が相続人であり、遺産が自宅5,000万円と現金5,000万円であるとします。
妻と子の相続分(遺産に対する権利)は、2分の1ずつですので、この相続分にしたがって遺産分割をすすめる場合、妻が自宅のみしか相続できず、老後に必要な生活資金を十分に相続できないことがあります。
配偶者居住権とは、自宅全体の権利から「住む権利」のみを分離させたもの。そして、「住む権利」のみであれば、所有権全体を相続するよりも、不動産としての財産価値は低くなるという特徴があります。
例えば、5,000万円の住宅に配偶者居住権を設定し、配偶者居住権の価値を3,000万円、所有権の価値を2,000万円に分けることができたらどうでしょうか。
配偶者は配偶者居住権のみを、子が所有権を取得し、残りの現金を分けるという遺産分割の選択肢が加わってきます。
配偶者居住権を設定すれば、住む家を失うことなく、さらに生活資金も遺産から受け取れる可能性があるということです。
不動産の使用料を支払わなくてよい
配偶者居住権を設定することによって引き続きその家に住むことになっても、配偶者は、オーナーである所有権者にその不動産の使用料・賃料を支払う必要はありません。
相続税の節税になることがある
配偶者居住権を設定すると相続税の節税になる可能性があります。
配偶者居住権が相続税の節税になるしくみは、こちらの記事で詳しく解説しています。
配偶者居住権のデメリット
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そんなに良い制度なら、とりあえず配偶者居住権を設定しておくか!
このようなことが言えるほど、配偶者居住権はすべての家庭にマッチする制度ではありません。
配偶者居住権には、設定後の運用方法など法制面におけるデメリットや相続税が増えてしまう税制面におけるデメリットがあります。
これらを把握した上で、本当に配偶者居住権を適用することがベストかを判断することが大切です。
配偶者の意思で処分できない
配偶者居住権を設定した住宅の所有権は、別の人物が持っています。
配偶者の判断で、住宅を自由に売却することはできません。
例えば、老人ホームの入居費用を捻出するために自宅を売却するという選択がありますが、配偶者居住権を設定することによって、このような選択ができなくなる可能性があります。
また、配偶者居住権のみを人に売却することはできません。
賃貸やリフォームに所有者の承諾が必要になる
配偶者のみの判断で、不動産を第三者に転貸する行為や家屋の増改築をすることはできません。所有者の承諾が必要になります。
維持管理コストは配偶者が負担する
配偶者居住権を設定しても、配偶者は不動産の使用料を支払う必要はありません。
ただし、固定資産税や不動産の修繕費といった通常の使用で発生する範囲の維持管理コストは、配偶者の負担となります。
配偶者居住権の設定で揉める可能性がある
配偶者居住権を遺産分割で設定するには、他の相続人がそれに納得する必要があります。
配偶者居住権を設定した家屋を相続すると、下記のようなデメリットがあるため揉める可能性があります。
せっかく住宅の所有権を取得しても、被相続人の配偶者をタダで住まわせなければなりません。
住宅の所有権を得たとしても、配偶者居住権付きの場合、自分で自由に使えないのです。
所有者は配偶者居住権の登記義務者となり、配偶者と共同で登記申請をすることになります。
配偶者居住権を設定することで揉めないようにするには、生前のうちに住宅の所有者(被相続人)に遺言で配偶者居住権を設定してもらう方法があります。
遺言書は法律で形式が定められていますので、後に有効性でもめないよう専門家に作成を依頼しましょう。
配偶者居住権付き住宅は売却しづらい
配偶者居住権付き住宅を売却しなければならなくなった場合、そのままの状態で購入したがる業者は見つからないでしょう。
売却したい場合は、配偶者居住権を消滅させることを検討する必要があります。
ただし、所有者に贈与税の負担が発生する可能性があります。(次項を参照)
配偶者居住権が原因で贈与税が課されるケースがある
配偶者居住権は、配偶者の死亡によって消滅しますが、それ以外にも消滅する事由があります。
配偶者居住権の消滅事由は、下記のとおりです。
【配偶者居住権の消滅事由】
1 所有者と配偶者の合意
2 配偶者による放棄
3 配偶者による建物使用に関する法律違反
4 配偶者の死亡
5 設定期間の満了
6 建物の滅失
このうち、1~3によって配偶者居住権を消滅させると、子に贈与税がかかるリスクがあります。
子に贈与税がかかる理由は、配偶者からの「みなし贈与」にあたるためです。
配偶者居住権が消滅すると、切り離された居住権が所有権と再び一体となり、所有権の価値が上昇します。
住宅を売却するために、配偶者居住権を消滅させるケースがまさにこれです。
上記1~3によって消滅させた場合、この価値の上昇が、配偶者から子に対する経済的な利益の贈与であるとみなされ、贈与税がかかる可能性があるのです。
税務面では、配偶者が亡くなるまで(あるいは定めた期間が終了するまで)配偶者居住権を消滅させないことがポイントになります。
なお、子から配偶者に売買として対価を支払えば、その対価が著しく低いものでない限り贈与税はかかりません。
ただしこの場合は、売却代金を受け取った配偶者側に所得税や住民税の負担が生じる可能性があります。
相続税の節税にならないケースもある
配偶者居住権を設定することは、節税対策として基本的には有効です。
ただし、一部のケースで、配偶者居住権を設定することにより税負担を増やしてしまう可能性もあります。
詳しくはこちらの記事で解説しています。
配偶者居住権の評価方法
配偶者居住権を遺産として評価することが必要になる主な場面は、遺産分割時や相続税の計算時となります。
遺産分割時の評価方法
遺産分割における配偶者居住権の評価方法について、法務省は、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会が明らかにした評価方式と、簡便な評価方式があることを紹介しています。
前者は不動産鑑定士などによる専門的知識が必要になる評価方法ですが、後者はそれよりも簡便な方法として法務省が紹介している方式です。
ここでは、簡便な評価方式を解説します。
簡便な評価方式では、法務省のホームページ上で簡単な計算例も紹介されています。
まず住宅の時価を取引き相場から4,200万円と算定し、それを配偶者の平均余命の15年分、法定利率3%で割り戻しています。
つまり、4,200万円を1.03で15回割り続けた金額ということです。
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(画像出典)法務省HP:「残された配偶者の居住権を保護するための方策が新設されます。」の「評価方法の一例」より
法定利率とは、債権や賠償金などの計算に使用される民法上の利率のことです。
【近年の法定利率】
・2020年3月31日までの法定利率…年5%
・2020年4月1日~2023年3月31日までの法定利率…年3%
・2023年4月1日~2026年3月31日までの法定利率…年3%
法定利率は、3年ごとに算出される「基準割合」をもとに変動します。
「基準割合」とは、過去5年分(60か月分)の短期貸付の平均利率の平均値です。
したがって、法定利率は、金融機関の利息を参考にしながら、3年に1回変わる可能性のある利率ということになります。
税務申告時の評価方法
相続税や贈与税の申告のために行う配偶者居住権の相続税評価の方法は、相続税法にしたがって行います。
建物と土地(宅地)部分の相続税評価額からそれぞれ、配偶者居住権(建物)と配偶者居住権に基づく敷地利用権(土地)を計算します。
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建物に対する配偶者居住権は建物の相続税評価額(固定資産税評価額×1.0)から、配偶者居住権に基づく敷地利用権は土地全体の相続税評価額(路線価×補正率×地積など)の相続税評価額から下記のように計算します。
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「存続年数に応じた法定利率による複利原価率」(詳しくは後述)により建物と土地をそれぞれ現在価値に調整します。
また、建物については、建物の経年劣化と配偶者居住権の残りの年数を考慮した使用可能年数で評価額をさらに調整することになります。
なお、建物に賃貸部分がある場合、居住建物の相続税評価額・敷地全体の相続税評価額を「賃貸部分以外の床面積/建物全体の床面積」で按分します。
また、建物を被相続人(先に亡くなった配偶者)以外の者と共有している場合、居住建物の相続税評価額については建物の持分割合で、敷地全体の相続税評価額については「建物の持分割合」と「敷地の持分割合」のいずれか低い割合のほうで調整します。
建物を新築とした場合の使用可能年数にあたるもので、ここでは「法定耐用年数(住宅用)×1.5」で計算します。
(※)1年未満の期間は、6か月以上は1年に切り上げ、6か月未満は切り捨てます。
「法定耐用年数(住宅用)×1.5」による年数は、相続税申告様式である「配偶者居住権等の評価明細書」の裏面に、すでに計算済みの値が掲載されています。
【例】木造家屋の場合・・・33年
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建築日~配偶者居住権の設定日(遺産分割日など)の期間から計算します。
配偶者居住権の設定日(遺産分割日など)における、配偶者居住権の残りの年数のことです。
配偶者居住権の設定期間が終身である場合は、配偶者居住権が設定された時の生命表に基づく平均余命を使用して計算します。
生命表は「配偶者居住権等の評価明細書」の裏面に掲載されています。
【例】配偶者居住権の設定日の年齢が82歳である場合・・・男性:8年、女性:11年
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(画像出典)国税庁HP:配偶者居住権等の評価明細書(※)様式は執筆時におけるものです。
民法の法定利率と配偶者居住権の存続年数から計算した、不動産価値を現在価値に割り戻すための複利原価率です。
相続税申告様式である「配偶者居住権等の評価明細書」の裏面に掲載されている複利現価表を使用します。
【例】存続年数が8年である場合・・・複利原価率:0.789
![](https://working-money.blog/wp-content/uploads/2023/09/配偶者居住権原価率-2-1024x576.png)
(画像出典)国税庁HP:配偶者居住権等の評価明細書(※)様式は執筆時におけるものです。